morning glow




 朝焼けの空はとても綺麗。

 こんなに澄んだ空気の中で、あたしは一人で
 うん、と腕を天に向けて伸びをした。

 さて、今日はどんな一日があたしを待っているんだろうか。
 


 綺麗なグラデーションを描き出してる空を眺めながら、あたしは
 遥か彼方を見つめた。

 あっちの方角にはあたしの故郷、ゼフィーリア。

 この大陸の北の方角にある故郷には、もう何年も帰っていなかった。

 そこに今回帰ろうとしている理由は。

 「リナ、何してるんだ?」

 足元から声を掛けてきた男の所為で。

 「別に、何も」

 簡単に答えて、あたしは浮遊の呪文を唱え、地面に降り立った。

 「リナ〜、置いていくなよな〜」

 あたしを追いかけてわざわざ屋根までよじ登ってきたのに、さっさ
 と下に降りられたら、文句の一つも出るってか?

 「あら、あたしはここまで来てね♪ なんて一言も言ってないわ」

 にっこりと笑ってガウリイに言ってやる。

 「そりゃそうだけどさ。 だからって一人だけさっさと下に降りて
 オレを置き去りにする事は無いだろう?」

 ていっ、と屋根から飛び降りながらガウリイが言った。

 どしゃっ!!

 彼の足元で踏みしめられた砂利が音を立てる。

 まぁ、あんたなら二階の屋根から飛び降りたくらいでどうにかなる訳
 もないわね。

 「で、あんたは一体何がしたかったの?」

 「ん、リナと一緒にいたかった」

 へらっと笑う。

 「なら、もう少し食堂で待っていればあたしも行ったのに」

 「いや、そう言うんじゃなくてだな。 リナの気配を感じたから来てみたんだ」

 ふーん、暇な奴。

 でも、そんなたわいもない事が・・・嬉しかった。
 




 「今日は何食べようか?」

 「ん、リナの好きなもんで良いぞ」

 ガウリイはいっつもあたしの後を付いてきて。

 「リナ、それはオレのだ!!」

 「にゃにおぅ!! その腸詰めさんはあたしのっ!!」

 キキンッ!!

 フォークのぶつかり合う音。

 ほんとは知ってる。

 最近あんたが手加減してくれる事。

 今までは結構本気で美味しいものを奪いあってたはずなのに。
 


 ・・・そんなガウリイが。



 ガウリイが。



 いつものように深夜の盗賊いぢめ。

 行くな、と、止めるガウリイを出し抜いて、あたしは一人で宿を抜け出した。

 爆音。

 焔。

 悲鳴。

 逃げ惑う人影。

 奥まった場所に隠されていた金銀財宝。
 


 ・・・魔法の明かりに照らされた煌めきを見ても、ちっとも心躍らない。


 夜明けを待って、一人で宿に戻った。

 宿の入口にもたれて待っていたガウリイの横をすり抜けて、あたしは自分の部屋に戻り。

 ベッドに潜り込んで眠りに付いた。
 

 ・・・ガウリイは、何も言わない。



 昼過ぎに目が覚めた。

 下の食堂に降りて、一人の昼食。

 ガウリイは・・・どうしたんだろう、姿が見えない。

 いつもより少な目の食事を済ませて、再び部屋に戻って戦利品の選別。

 換金できるものは少しでも高く売れるように加工して、そうでないものは
 いつか使う時のために取っておく。

 無価値な物は持ってきていないから。

 あたしに必要のないものは、一つも、持ってきてはいないから。
 


 「気が済んだか?」

 いつの間にか、ガウリイがドアを開けてこっちを見てた。

 「・・・何が?」

 「何が、じゃないだろうが。
 そんなに辛そうな顔して、何が言いたいんだよ」

 辛そう?

 誰が!?

 「リナがだよっ!! リナがそんな辛そうな顔する位なら。
 オレは・・・リナから、離れた方が良いみたいだな・・・」

 ガウリイ。

 ガウリイは、それでいいの・・・。

 ほぉぉぉぉっ。

 唇から、溜息が漏れた。

 そう。

 それでいいの。

 結局あんたもそうなんだ・・・。

 「じゃあ、もういらない。・・・・・・・じゃあね」

 破呪呪文を完成させて、ガウリイの額に描かれた呪陣を消した。

 と、同時に。

 「・・・リ・・・ナ・・・」

 断末魔の声を上げながら、ガウリイだったものが、サラサラと。

 サラサラ、灰燼に返って行く。

 やっぱり、こんな偽者のでくの坊じゃ、あたしは満足できない。

 早く、早く帰ってきてよ。

 あたしはこんな状態、嫌なのに。

 どうしてここにあんたはいないの?

 「・・・ガウリイ・・・」

 床の上にはさっきまで『ガウリイ』だった物の残渣。

 細かな粉状の土塊の中に、キラッと光った、髪の毛一筋。

 あたしはそれを手にとって、そっと口付けた。

 「ガウリイ・・・。早く、早くあたしの所に帰ってくるのよ。
 あたしは、本物のあんたじゃなきゃダメなんだからね」



















 ガウリイが森で遭遇した中級魔族に手傷を負わせられたのは一月前。

 結構な深さの傷は、あたしの呪文では癒す事ができなくて
 近くにあった大きな街の魔法治療院に入院させる事になったのだ。

 悪い事に、傷口からバイ菌が入り込んでいたのと、利き腕に変な風にひびが
 入ってしまった事で、医師からは数週間の絶対安静が言い渡された。

 でも、ここの所あんまり仕事の依頼がなかった所為もあって、路銀は至極心もとなく。

 さりとて一月分の治療費と入院費用は馬鹿にならず。

 仕方なくあたしだけでも仕事を受けて、何とか稼いでそれを治療費に当てる。
 そう言い渡した時に、「そんな危険な事させられない」と、誰より反対したのも
 ガウリイだった。

 医者や看護婦さんには席を外してもらって喧々囂々の話し合いの結果。

 「せめて、自分の身代わりに」と、ガウリイの一部を使用したゴーレムを同行させる
 事で話は纏まった。

 でも、何が悪いのか。

ガウリイの髪を埋め込み作り上げたゴーレム達は、どれもこれも
 オリジナルとは微妙に違いが出てきてしまって。

 それに我慢が出来なくなったあたしが壊すか、ゴーレムが自我崩壊を
起こすかのどちらかの結果となった。

 その度に、あたしは核として使っていた彼の金髪を取り出して
 口付けを送って、彼の一刻も早い完治を願った。
 





 あんな、お食事バトルで手加減してくるガウリイなんて。

 盗賊いぢめを咎めないガウリイなんて。

 あたしと旅をしたくないなんて言うガウリイなんて!!

 いくら姿形がそっくりでも、それじゃあダメ!!

 ガウリイの代わりなんて、どこにも居やしないのよ・・・。

 以前離れ離れになった時の忌まわしい思い出が甦りそうになって、ゾクリと身震いした。

 二度とあんな思いをしなくても良いようにって、わざわざあいつの一部分を使って
 似姿を作ったっていうのに。

 胸を貫く空虚感は一向に収まらなくって・・・。








 外の空気が吸いたくなって、締め切っていた雨戸を開けたら
 外は今まさに太陽が地平線から昇らんとする瞬間で。

 今までで見た中できっと一番美しい日の出と共に。

 地平線の彼方から、小さな影が動いてこちらに向かってくる。

 それは、どんどんと大きくなって行き。

 やがて、一人の男性の像を形作った。

 「リナ!!」

 あたしが聞きたかった声。

 あたしが見たかった笑顔。

 あたしが・・・・・・。

 

 「リナ!! やっと追いつけた!!」

 窓の下で破顔一笑、ガウリイはそのままよじよじと壁をよじ登り。

 「待たせたな」と、まるで普通に窓から部屋に入ってきて。

 「あーあ、また持たなかったか」と、ゴーレムの残骸を一瞥してから
 ギュッとあたしを抱き締めた。

 「やっと医者からお許しが出たんだ。
 もう一人になんて絶対しないからな・・・」そう言って、あたしの頭を撫ぜてくれる。

 懐かしい感触に、どこかで張り詰めていた緊張の糸が切れるのを感じ。

 「ガウリイ!!ガウリイ!! ガウリイっ!!」
 思いっきり抱きつき返して布地に覆われた胸板に顔を埋めて。

 ちゃんと生きているもの特有の温かさと、ガウリイの匂いを胸いっぱいに味わった。

 もう、偽者じゃなくて、あたしの目の前に本物のガウリイがいる。

 食事時は本気で掛かってくれていい。

 盗賊いぢめだって、咎められてもいい。

 それでも我慢できなくて一人で行ってしまったあたしを思いっきり怒ってもいいから。

 「もう、二度とこんなのは・・・嫌だからね」

 ちょっと声が擦れてるのはご愛嬌って事で、ね。

 離れたくなくてずっと抱きつき続けていたあたしに、ガウリイが、そっと
 額に、柔らかな口付けを落とし。

 途端に薄れる、『あたし』の意識・・・。







 がらがらがらんっ。

 オレの足元には、崩れた『リナ』だったものの残骸。

 オレはフウッと溜息を吐いて、部屋を出て隣の部屋の扉を開いた。

 そこには透きとおった淡い緑の結界に包まれて眠る、本物のリナが、いた。 

 ベッドに横たわり、硬く瞳を閉じた彼女はまるで昔話に出てくるお姫様のようで。

 「リナ、起きろよ。オレはこの通り、ちゃんと生身で戻ってきたぞ。
 さぁ、約束どおり、目覚めてくれよ・・・」

 オレは、リナを包む結界にそっと右の手のひらを押し当てて。

 「リナ・・・愛してる」

 グッ、と、緑の光を握りつぶした!!

 それと同時にパアッと部屋に緑の光が満ちて、激しい閃光が何度も走り抜けた後。

 「・・・・・ん・・・・・・」

 光の封印から目覚めたリナが、小さな声を上げた。

 それから、ゆっくりと。

 ゆっくり、大き目の両眼が開いて。

 中から現れたのは、随分懐かしく感じてしまう、真紅の瞳。

 「がうり・・・い・・・」

 「おはよう、リナ」

 ようやく目覚めたリナを、助け起こして座らせて。

 「やっと二人とも揃ったな」

 暖かくて柔らかな、華奢な身体を思う存分抱き締めた。

 「ガウリイ・・・。やっと、これで旅に戻れるの?」

 そっとオレの背中に手を回しながら、リナが囁く。

 「ああ、これでやっとお前さんの故郷に行けるな・・・」




 薄く開いた雨戸の隙間から、清清しく感じる朝日が差し込んで。

 ようやく生身で抱き合えた二人を照らし出した。

 朝焼けは美しく東の空を染め上げて。

 互いに相棒の不在に耐えられそうになくて、作り上げた人型に思いを託した。

 オレは病院から思念を飛ばし。

 リナは必要な時間以外、オートで自らのゴーレムを動かし
本体は宿の一室で眠りについた。

 そうして、生身のオレが追いついてくるのを待っていてくれたんだ。
 


 「じゃあ、目標はあたしの実家ゼフィールシティ。
 行くわよ、ガウリイ!!」




 すっかりと全体を現した太陽の光を身体の右側で受けながら、
オレ達はまた歩いていく。